映画についての覚書

映画について

ロウ・イエ『シャドウプレイ』場を描きつつもそこから出ること

映画『シャドウプレイ【完全版】』公式Twitterより


過去と現在の中国

靄のかかった水辺で抱き合う男女は地面に埋まっている何かに驚き逃げていく。場面は変わり、ドローンによる撮影で、ビル群に囲まれた場に所狭しと並ぶアパートやそこで生活する人々を映していく。そして、サッカーをする少年たちが映る。友人に呼ばれたようなそのうちの1人は駆け出していく。それを再びドローンと手持ちカメラを使いながら追う。仲間と合流しながら、少年が走るのはアパートとアパートの間の細い路地や半分取り壊されたアパートの瓦礫の上。空き地に出たかと思えば突如として暴動が起きる。仲介として現れる警察の中に本作の中心にいる人物ヤン刑事(ジン・ボーラン)の姿がみえる。ロウ・イエの『シャドウプレイ』の冒頭はこうして始まる。

暴動はこの地域の開発をめぐる住民と開発業者の間に起こったものである。現代の中国に取り残されたかのようにある地域は一見すると、これまでのロウ・イエ作品でも描かれているような、ひとつのノスタルジーを感じさせるような場でもある。この場で物語が展開するのかと思えば、それを土台として、発展を遂げた中国を表す不動産(=資本)とその中での男女の関係性がアクションシーンを多用しつつ描かれることになる。今作で印象的であった、過去と現在のシームレスな交差も私たちは過去があっての「今」を生きているのだというあらわれなのかもしれない。実際の出来事をもとに作られたこの作品は、特に見てほしいであろう登場人物と同じ世代の中国の人々にとっては、彼ら自身の記憶と結びつけられる。圧倒的に日本に住む一学生のわたしには不可能な経験である。

過去の中国や開発から取り残された中国、を描いた作品はそれなりにみるけれども、その過去から脱出し中国の現状を率直に、しかし娯楽・エンタメとしての映画の中で描くということへのロウ・イエなりの決意の作品なのかもしれない。

まとめ/感想

写真で載せた【完全版】ではないポスターに惹かれて2年ほど前から気になっていた作品だった。そのことと『スプリング・フィーバー』『ふたりの人魚』がそれなりに好みの映画なこともあり、あらすじは知っていてももう少し恋愛の要素を描いてほしかった。また、触れたようなドローンによる空撮がシームレスで少し違和感を感じてしまった。ただ、ロウ・イエの描く暗闇の深さにはやはり映画館で観てよかったと思わされる。一緒に観たドキュメンタリーで「ここはもう今年の終わりにはなくなっているかもな」と笑って撮影できたことを喜んでいたけれど、映画の中でも土台にはあれど、立ち退きについて触れられないその地域は道具でしかない。との見方もでき、現代に向き合うという気持ちや試みはいいが、それはそれでいいのか?との疑問も拭えず。今後の作品を見つつ検討できればと思う。

ウェス・アンダーソン『フレンチ・ディスパッチ』哀愁を忘れさるほどの視覚的喜び

THE FRENCH DISPATCH Official Trailer | Searchlight Pictures


哀愁と喜びの共存


「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集長アーサー・ハウイッツァー・Jrの死で始まるこの作品は、これまで死が描かれてきたウェス・アンダーソンの作品でもみられた哀しみの最も率直的な表現だと言える。ある集団の不和、ファシズム、などを題材にしてきたウェスの作品には、どことなく哀しみとは切ってもきれないような関係がある。さらには、その哀しみに付随するノスタルジアのようなものも引き続き描かれている。

Ennui-sur-Blaséという名のこの街は、編集長(演じたビル・マーレイ)を指すことばでもあり、さらには作品作りのことを指すとも考えられる。作られた平面的な画面、基本的には固定ショット(例外としてこの作品ではストの場面で手持ちカメラによる演出がみられる)で作られた作品は観客にはある種退屈さをもたらす可能性を孕んだものとなる。しかし、多くの観客は監督の作品に退屈さを感じることはないだろう。作られた画面であってもあまりにもそれは精緻であり、カラー/モノクロ/アニメーション、アスペクト比のこれまで以上の切り替え、イマジナリーラインを超えるカメラの移動、技巧を尽くした画面の構成により私たちは退屈さよりもむしろそれを体験できる喜びを得る。ただ画面に惹きつけられるだけではない。今作は追悼・旅行ガイド・特集3本の構成からなり、それぞれの書き手たちが登場し、ナレーションや画面上で物語を語ることもあれば、映像で語らせることもある。入れ子構造の物語は私たちを物語の奥へと誘い、いつの間にか私たちは映像だけではなく物語へも引き込まれてしまう。

アンダーソンは、今作でも死という何よりも重い題材を視覚的表現により軽やかにウィットに、言い過ぎてもいいのなら、それを忘れてもいいくらいに(最後に戻ってくるがno crying)描き切ってみせたと言えるだろう。

まとめ/感想

わたしが初めて映画館で観たアンダーソンの作品になった。今回の作品の特徴といえば、純粋に情報量の多さだと思う。一度では足りなかった人も多いのでは。1回目で物語の流れをおさえ、回数を重ねるたびに映像の豊かさに目を喜ばせるのが楽しい見方かもしれない。映画館に行ける状況下、配信が整った環境での公開が叶ってよかったなと思う。「きちんと意図が伝わるように書け」少しでも伝わればいいけれど、意外と難しい。新作も楽しみにしています。